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針名神社の歴史

針名神社の創建は古く、延喜式神名帳の”従三位針名天神“の記載により、今から約1100年以上前と推察できる。 「延喜式」とは、延喜五年(905年)に醍醐天皇の命により編纂が開始された「養老律令」の施行細則を集大成した全五十巻に及ぶ古代法典である。この「延喜式」の第九巻・第十巻に記載されている神社のことを式内社と呼び、針名神社も式内と冠しているのはこの史実によるものである。 元々は現在地より約800m北、天白川左岸の元郷に祀られていたが、慶長年間(1612年頃)に徳川家康の命により平針宿が成立したと同時期に現在の社地に遷し祀られたとされる。現社殿・社務所・手水舎等は昭和天皇御即位五十年の奉祝記念事業として昭和51年11月6日に竣功した。境内地は約一万二千坪を有し、名古屋市内でも有数の規模を誇る神社である。

御祭神

本殿

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主祭神
尾張 針名根連命(おはりはりなねむらじのみこと)
相殿神
大巳貴命(大国主命)(おほむなむみのみこと(おおくにぬしのみこと))
少彦名神(すくなひこなのかみ)
応神天皇(品陀和気命)(おうじんてんのう(ほむだわけのみこと))

主祭神の尾治針名根連命(おはりはりなねむらじのみこと)は、尾張氏の祖先神で尾張国一宮の真清田神社の御祭神でもある天火明命(あめのほあかりのみこと)の十四世孫にあたり、父の尾綱根命とともに犬山市の針綱神社にも祀られている。古代豪族尾張氏の氏神と考えられております。配神として、大巳貴命(おおなむちのみこと)又の名を大國主命(おおくにぬしのみこと)また、記紀神話の国造りの際に全国を回って国土開拓を協力した神とされる少彦名神(すくなひこなのかみ)を祀っている。なお八幡神(応神天皇〔品陀和気命〕)を明治42年に合祀している。

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